tebikae

て‐びかえ【手控】 〘名〙 ①心おぼえに手許に控えておくこと。おぼえがき。また、それを書く手帳。[日国]

喫茶店で水割り

私の家の最寄り駅には、急行が停まらない。

退勤の時間帯は、急行や、もっと速い電車ばかりなので、ほとんど毎日手前のどこかで乗り換えることになる。

次の電車まで10分近く空いていたりすると、そのまま途中下車して夕飯を食べて帰ることも多い。

乗り換える駅は二通りあるけれど、どちらも東京の私鉄のちょっと大きめの駅ってまあ大体こんなんだよね、という感じの駅だ。駅前はそれなりに賑わっていて、商店街なんかもあるものの、繁華街というほどではない。道を一本入れば住宅街、くらいの規模の街である。

 

ひと月くらい前だろうか、そのうちのひとつの駅で降りて、古い商店街の中ほど、細い階段を上がった先にある、くたびれた風情の喫茶店に初めて入った。 

恐る恐るドアを開けると、客はなく、店主らしきおじさんがひとりカウンターでお茶か何かを飲んでいた。Google mapで調べた閉店時間にはまだ早かったものの、もう店じまいしようとしていた気配があまりに濃厚で、やっているのか確認してしまった。

 

大丈夫だというので席に座ると、いきなり「昨日、観た?」と聞かれた。

今見ると何のことだかわからない不親切な質問だが、その夜の私にはすぐわかった。ワールドカップの日本対ベルギー戦の話である。

観てません、すごかったみたいですね、ご覧になったんですか。観たよ、おかげで眠くって。そうでしょうね、同僚は仮眠取って観たって言ってました。お客さんも、観たって人が多かったよ。

随分気さくだなとは思ったけれど、これくらいの世間話なら都心を外れたこの辺りのお店ではままあることなのでさほど気にならなかった。

 

おや、と思い始めたのは、サンドイッチとコーヒーを注文した後だ。厨房に引っ込んでからも、おっちゃんの世間話は止まらなかった。

サンドイッチを作り、出し、私が食べている間も、友達か?親戚のおっちゃんか?というレベルの親しげな口調で、喋る喋る。

仕事帰りなのか、という質問から始まって、私の仕事の話、数駅先で一人暮らしをしていると言ったら食生活の心配をされ(「そのサンドイッチ、夕飯なの!?」)、それから最近親元を離れたおっちゃんの娘(社会人二年目だという)の話になり、自分の話をするのもちょっと億劫になってきたので後半は聞き役に回った。

 

頃合いを見て会計をすると、おっちゃんは「もう一杯飲んでいかない?ご馳走するから」と言ってきた。

思ったことはふたつ。このおっちゃん、まだ喋り足りないのか。そしてもうひとつ、ご馳走なんて言うからにはちょっといいコーヒーでも出してくれるのかな、それはちょっと気になるな。

ところが、おっちゃんがカウンターの下から出してきたのはウイスキーのボトルだった。おっちゃんいわく、「ちょっといいやつ」。

さっきから何か飲んでるなとは思っていたが、このおっちゃん、ウイスキーの水割りを飲みながら接客していたのだ。まさか、饒舌だったのはそのせいか?

驚きと戸惑いのせいで、頭の隅の方で何と言って断るか考え始めていたのが吹き飛んでしまって、流れに身を任せて言葉に甘えることにした。

 

真っ白で、少しウェーブのかかっている、わりと繊細な作りのコーヒーカップに、おっちゃんはごろんごろんと氷を入れる。ウイスキーをどぽどぽ注ぎ、上から水でうめて、「濃かったら適当に薄めてね」と水差しごと渡された。おつまみはクリームチーズ。それも箱ごとで、セルフサービスだった。

おっちゃんはカウンターの私とは反対の端に座って話し出す。自分の仕事遍歴や、娘の仕事の話、かつての常連さんや、お店でアルバイトをしていた学生たちとの思い出。いつもこういう調子で接客しているのだろう、毎日たくさんの人と話しているだけあって、エピソードは尽きない。

それなりに面白かったものの、二杯目に入っても一向に話の終わる気配がない。おっちゃんのなけなしの仕事モードはもはや完全に解けている。

これ、どうなったら終わるんだろう。もしかして、放っといたらおっちゃんが酔いつぶれるまで終わらないんじゃないか。さすがに落ち着かなくなってきて、帰るタイミングを見計らい始めた頃、ふいにおっちゃんが言った。

「もし今の仕事のほかに好きなこと、やってみたいことがあるなら、やってみた方がいいよ」

 

びっくりしてしまった。このまま新卒で入社したところで働き続けるべきかどうかというのは、最近ずっとぼんやり考えていたことだった。

でも、その時私は仕事に不満があるなんて言っていない。何の悩みを打ち明けたわけでもないのに、どうして急にそんなことを言われたのかわからない。 

余計なお世話と言えばまあかなり余計なお世話だ。場合によっては何かしらのハラスメントに該当するのではないか。それに、別に私の言動から何か察したというわけではなく、お酒を飲んだらそういうことを言いたい気分になっただけなのかもしれない。でも、その無責任な後押しが、その時はなんだかうれしかった。

 

そういうことが、たまにある。こんな風に、突然、そんなによく知ってるわけでもない人に、心に引っかかっていたことへの答えみたいなものをもらうことが、何年かに一回くらい。

すぐに何かが大きく変わるわけでも、動き出すわけでもない。でも、その時その人に言われたことが、いつかの何かへの伏線になっているような気がする。そういう言葉が、いくつか胸にしまってある。

それらを思い返す時、自分「人生という物語の主人公はあなた」みたいな、いつもならしゃらくせえなと思う言葉を、信じてみたくなったりするのだ。